スタンリー・キューブリック監督について

 様々なカルト的な人気を誇る著作を輩出したスタンリー・キューブリック監督ですが、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタンで生まれました。のちにイギリスに移住してからは、知り合いの飛行機事故を期に一切イギリスを出ようとしなかったそうです。また、イギリス・ハートフォードシャーの自宅で心臓発作で息を引きとったとされますが、正式な死因は明らかにされていありません。 キューブリックの死は監督著作「アイズ ワイド シャット」の試写会5日後の事だったのです。

略歴

 開業医を営むオーストリア=ハンガリー帝国に起源を持つユダヤ人の両親の長男としてニューヨークのマンハッタンで生まれます。ボーイ時代にキューブリックの興味を引いたもの中にカメラ、チェス、ジャズがありまして、その中のカメラが彼の経歴の出発点となっています。ハイスクール時代はIQは平均以上だったのですが、成績は平均以下だったのです。

1946年ニューヨーク市立大学シティカレッジに入学するがすぐに中退。一時はジャズバンドのドラマーを目指していましたが、当時の大統領フランクリン・ルーズベルトの死を報じる一連の写真が写真雑誌『ルック』誌に売れ、見習いカメラマンとして在籍するようになっています。

 写真雑誌『ルック』に載った自身のフォト・ストーリーを元に短編ドキュメンタリー『拳闘試合の日』を製作し、映画の道を歩み始めます。この映画は3900ドルかかったが4000ドルで売れ、この成功をきっかけに『ルック』誌を退社します。

親類から借金をして初の長編劇映画『恐怖と欲望』を製作するも、この映画は赤字になっています。続いてキューブリックは『非情の罠』を製作します。ただし、この映画も製作費を回収することはできなかったのです。

26歳の時、同い年のジェームス・B・ハリスと組み、ハリス=キューブリック・プロダクションズを設立。

SF三部作と呼ばれる『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』、『2001年宇宙の旅』、『時計じかけのオレンジ』の成功で世界の批評家から映像ライターとしての才能を認知されます。

12年ぶりの監督著作となった『アイズ ワイド シャット』《シナリオはシュニッツラーの『夢小説』》の完成後、公開を待たずに心臓発作で死去。70歳でありました。

 『アイズ ワイド シャット』と同時期から企画を温めていた『A.I.』は2001年にスティーヴン・スピルバーグがキューブリックの残したトリートメントを基に未完成だった脚本を完成させ製作・公開されました。

 映画監督を目指した理由として「今の奴ら《現役の監督たち》よりは上手く撮れる自信があったからだ」と発言しています。

初期のころより、監督のみならず映画製作全般にわたり、すべてを掌握する姿勢をとり続けました。「完全主義者」といわれ 、特に晩年は映画製作に時間がかかることでも有名だったのです。

『博士の異常な愛情』以降の脚本、編集、選曲のいずれも独特なセンスと切れがありまして、自作の公開に関して上映の劇場の地理的状況から上映システムに至るまでコントロールしようと努めています。日本での公開では字幕の翻訳も再英訳を校閲する方法で監修しました。

どんな監督?

 よく動くカメラ、大画面で深い奥行きの出る広角レンズの利用、『時計じかけのオレンジ』以降のカラー著作では自然光を利用ています。また自然光を模した照明も特徴で、自身並みの映画撮影者より遥かに安定した手持ち撮影ができた。

また著作中の恐怖演出として陰影を強く演出した上で、上目遣いで画面を睨み付けるという演技を役者に要求することが多いです。この手法はロジャー・エバートら評論家からは「キューブリックの凝視《Kubrick stare》」と呼ばれ[要出典]、『時計じかけのオレンジ』『フルメタル・ジャケット』『シャイニング』などで利用されています。

 キューブリックは映画『スパルタカス』の大成功をきっかけに有名監督になりますが、その後のインタビューで「私の意見はカーク・ダグラス《=製作責任者》にとって多くの意見の一つに過ぎなかった」と述べるなどして、最終決定権が監督ではなくスタジオやプロデューサーが握るハリウッド・メジャーの製作システムにあるとして、これを度々批判しています。

これに懲りて、以降の著作では製作も自身が行うようになり、アメリカの映画システムと決別してイギリスへ渡り、アメリカの会社の資本のもとで独自に映画製作を続けることになっています。『博士の異常な愛情』以後は他人の脚本で映画作りをすることはなかったのです。

監督著作

  • 拳闘試合の日 Day of the Fight 《1951年》
  • 空飛ぶ牧師 Flying Padre 《1951年》
  • 海の旅人たち The Seafarers 《1952年》
  • 恐怖と欲望 Fear and Desire 《1953年》
  • 非情の罠 Killer's Kiss 《1955年》
  • 現金に体を張れ The Killing 《1956年》
  • 突撃 Paths of Glory 《1957年》
  • スパルタカス Spartacus 《1960年》
  • ロリータ Lolita 《1962年》
  • 博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか Dr. Strangelove or: How I Learned toStop Worrying and Love the Bomb 《1964年》
  • 2001年宇宙の旅 2001:A Space Odyssey 《1968年》
  • 時計じかけのオレンジ A Clockwork Orange 《1971年》
  • バリー・リンドン Barry Lyndon 《1975年》
  • シャイニング The Shining 《1980年》
  • フルメタル・ジャケット Full Metal Jacket 《1987年》
  • アイズ ワイド シャット Eyes Wide Shut 《1999年》

映画『ROOM237』を見た後に……キューブリック監督って誰なの!?