シャイニング

『シャイニング』はスティーブン・キングの同名小説を原作にスタンリー・キューブリックが映画化したものですが、原作と映画の内容があまりにもかけ離れていた為、一悶着あった著作です。

ストーリー

コロラド州のロッキー山上にあるオーバールック・ホテル。小説家志望のジャック・トランスは、雪深く冬期の間は閉鎖されるこのホテルへ、管理人としての職を求めて来ました。

支配人のアルマンは、「このホテルは以前の管理人であるチャールズ・グレイディが、孤独に心を蝕まれたあげく家族を斧で惨殺し、自分も自殺したといういわく付きの物件だ」と語るが、全く気にしないジャックは、妻のウェンディ、一人息子のダニーと共に住み込むことを決める。ダニーは不思議な能力「輝き」を持つボーイでありまして、この場所で様々な超常現象を目撃します。

ホテル一時閉鎖の日、料理主任であるハロランはダニーとウェンディを伴って、ホテルの中を案内します。自身も「輝き」を持つハロランは、ダニーが自分と同じ力を持つことに気付き、「何かがこのホテルに存在する」と彼に語る。そして、猛吹雪により外界と隔離されたオーバールック・ホテルで、3人だけの生活が始まるが・・・・・

キャスト

ジャック・トランス ジャック・ニコルソン 石田太郎

ウェンディ・トランス シェリー・デュヴァル 山田栄子

ダニー・トランス ダニー・ロイド 伊藤隆大

ディック・ハロラン《料理長》 スキャットマン・クローザース 前田昌明

スチュアート・アルマン《支配人》 バリー・ネルソン 阪脩

デルバート・グレイディ《バトラー》 フィリップ・ストーン 大木民夫

ロイド《バーテンダー》 ジョー・ターケル 糸博

著作解説

ジャケットにも採用された、この映画の象徴ともいえるジャック・ニコルソンの狂気に満ち満ちた顔を撮るためにキューブリックはわずか2秒程度のシーンを2週間かけ、190以上のテイクを費やしました。

本作のステージとなるオーバールック・ホテルの外観として利用された事は、アメリカ・オレゴン州にあるフッド山の南側に建つティンバーライン・ロッジです。

キューブリック著作は1957年『突撃』など早くから移動撮影で知られていましたが、本作では開発されたばかりの「ステディカム」を導入。用法は効果的で、この撮影装置の知名度を飛躍的に高めた。

また映画でフィルムと同じ映像をビデオ確認できる技術が使われた最初の映画です。それまでは現像されるまで確認できなかったのです。本公開に先立つプレミア上映では146分の映画として公開されたが、現在は視ることが出来ありません。これには逃げ延びたウェンディとダニーが病院でホテルの支配人アルマンと再会するエピソードがありました。支配人はダニーに黄色のボールを投げ、そのボールはダニーがホテルの廊下で遊んでいる時に、どこからともなく転がってきたボールと同じだったというエピソードでありまして、アルマンがホテルの事情を知っていたと暗示するシーンでありました。このラストはすぐに削除され、143分となり、アメリカで一般公開されました。さらに国際版用に再編集した119分のコンチネンタル版と3バージョン存在します。シェリー・デュヴァルは、削除されたエンディングに関して「それにより、映画を難解にしてしまった(要約)」と批判的に述べています。 また、このシーンでのボールの受け渡しには132テイクが費やされました。 この146分バージョンは現在キューブリックと親しかったという大学プロフェッサーが所有しているとも、廃棄されて既に存在しないとも言われていますが、カット箇所のスチール写真や台本などが過去に公開されたことがありました。

キューブリックの元には同時に『エクソシスト2』の制作の依頼も来ていましたが、最終的にこちらの制作を選んです。ただし『エクソシスト』第一作で悪魔に憑かれる少女リーガンが統合失調症を疑われ夥しい検査を受けるのと同様、霊魂、超能力「シャイニング」など科学で説明の付かない事象を説明の付く事象と曖昧に描かれており、関与しなかったにせよ影響は少なくなかったと思われます。

ジャック・トランス

 シナリオ版のジャック・トランスは「善良・小市民的な人物である」という部分が強調され、アルコール中毒にも自ら罪悪感を抱いて苦しむ人物として登場します。ホテルの不思議な現象に終始圧倒されて数々の暴行を働くものの、最終的には善良な意思がホテルに打ち勝つ形で家族《ウェンディ、ダニー》を逃がそうとします。また作中では誰も殺さず、加えてラストでは成長した息子を見守るというハッピーエンドが意図されています。シナリオでトランスが狂気に走った理由の多くは霊的な存在による操作というややファンタジーな要素が強く、また家庭内乱暴がアルコール中毒と同等の問題として描かれます。故にそのラストにはダニーやハロランらが持つ「超能力」が鍵となっています。シナリオのジャック・トランスの造形にキング自身のアルコール中毒とその克服体験が反映されている事は本人も認めており、彼が気分を害した理由の一因かも知れありません。

映画版のジャック・トランスは作劇の都合も含めて、かなり早い段階で家族《正確には妻》との軋轢が生じる。彼は開始当初から自らのままならぬ人生や家族に疎ましさを感じており、ウェンディとの間にも微妙な雰囲気が流れています。狂気に身を委ねて暴行を始めた後は躊躇わずに行動を続け、家族を殺すには至らずも料理人のハロランを殺しています。そして自らも最後にホテルの力に取り込まれた事を暗喩するバッドエンドで物語は終結します。映画でトランスが狂気に走る理由において、霊的な存在は重要ではあるがあくまで切っ掛けでありまして、創造への焦燥感とアルコール中毒による精神の疲弊が物語の中心に置かれています。従って「超能力」はさほど重要な存在として描かれる必然性を持たず、家庭内乱暴も強いて言えば誤ってダニーに怪我をさせた過去が存在するのみです。キューブリックはジャック・トランスをむしろ『2001年宇宙の旅』のHAL9000に近い専制的な悪役として描いたとしばしば指摘されます。

ウェンディ・トランス

 シナリオ版のウェンディ・トランスは両親から愛情を受けずに育った過去がまず紹介され、その上で経験からか夫のジャックに比べて自立心の強い人物として描かれます。彼女はジャックが子供や自分に家庭内乱暴を振るった過去を殊更に指摘して、彼の精神を追い詰めていきます。物語の混乱の中でも平静さを保ちながら、ホテルの悪意と立ち向かおうとします。

 映画版のウェンディ・トランスはネガティブかつ受動的な、夫への依存心が強い気弱な女性として描かれています。彼女の献身的ながらも夫に寄りかかる様な姿勢はジャックを苛立たせ、家族への疎ましさを生む原因となっています。また物語の混乱の中で本性としてのヒステリックさを表し、発狂したジャックとは異なる方向で物語終盤の起伏を生んでいます。これは映画でウェンディを演じたシェリー・デュヴァルの迫真の演技が寄与した部分《しばしばニコルソンの演技以上に恐ろしいとも評されます。これはキューブリックらが撮影中、デュヴァルに対し『意図的に』激しく当たったため、精神的に追い詰められ、それがそのまま演技に生かされたものといわれている》も大きいが、故に議論の対象となるキャスティングの一つでもあります。

ダニー・トランス

 シナリオでのダニー・トランスは霊的な存在が前面に押し出されている以上、ある意味で物語の主役でありまして、自らが持つ超能力を駆使して悪霊に取り付かれた父親と立ち向かおうとする勇敢なボーイとして描かれます。これはそもそもシナリオではアルコール中毒とそれによって起きたジャックの家庭内乱暴が明確に描かれている事も関係します。超能力について特に隠す様子も無く公然とそれを他者に話し、周囲もある程度それを認知しています。超能力以外にも極めて優れた天才児として描かれ。、更には謎の青年「トニー」《後に彼の未来の姿である事が判明する》が様々な面で大立ち回りを演じていきます。

映画版でのダニー・トランスは一介の愛らしいボーイで、徐々に狂っていく父親に不穏な空気を感じつつも心配する素直な子供として描かれます。超能力も同じ力を持つハロランを知ってからもそれを隠し、普通の子供として振舞っています。ジャックが狂い始めた際には母親と共にそれに振り回され、最終的な結末も超能力ではなく咄嗟の機転で切り抜ける形で迎えています。

ディック・ハロラン

 ダニーと同じくシャイニングの力を持ち、ある種の理解者となっています。彼とダニーはシャイニングの能力によって、テレパシーのように意思伝達が適当です。

中盤まではシナリオも映画版も、その活躍はほぼ同じですが、シナリオでは繰り返し行われたシャイニングによる交信が、映画版では、会話が明確に描かれたのは出会った当初のみで、後は、互いの状況を断片的に察知したことが数回あったのみです。 終盤でダニーのSOSに答えて単身ホテルへ戻るが、シナリオでは狂ったジャックからダニーとウェンディを守るためにホテル内を奔走します。途中、斧を手にした際に、ジャックを支配していた邪悪な意思に飲み込まれかけるなどの場面もあります。最後には、彼の機転によってダニー達は無事にホテルを脱出することに成功し、2人と共に生還します。が、映画版では、ホテルに入ってまもなく狂を発したジャックに惨殺されており、脱出に使う雪上車を結果として持ち込んだ以外に、殆ど活躍していありません。

スチュアート・アルマン

前述のジャックへの描写の違いを受けて、スチュアート・アルマンの描写にも大きな違いが生じています。シナリオのアルマンは尊大で嫌味な実業家として描かれ、ジャックを見下しており雇う事を一度拒絶します。結局雇う事になった後もジャックに権威的に接していき、彼との軋轢がシナリオのジャックを追い詰める理由の一つになっています。一方、映画版のスチュアート・アルマンはシナリオに比べて遥かに人間的で温和な人物でありまして、むしろ人生に行き詰っているジャックを助けようとする存在として描かれます。以前の管理人一家が壮絶な末路を迎えた事に付いてもシナリオでは半ば脅すかの様な態度で事実を伝えていますが、映画版ではジャックを心配する態度でホテルの過去について話しているR。

評論家グレッグ・ジェンキンズは『キューブリックと著作改変』の中で「アルマンは映画の為に一から完全に作り直された」と評しています。

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