アイズ ワイド シャット

【R指定】

製作・監督・脚本:スタンリー・キューブリック

シナリオ:ポール・シュニッツラー/脚本:フレデリック・ラファエル

出演:トム・クルーズ、シドニー・ポラック、ニコール・キッドマン

心理を描いた映画

 この映画が素晴らしい事は、人の心理について考えた映画だからです。ほとんどのシーンが主人公であるドクターの主体から描かれていることにより、僕はとくに男性の心理について考えた映画だと思っています。この映画が見れば視るほど面白い理由は、主人公の僅かな心の変化が、映像の中に見えてくるからです。見れば視るほど、そのディテールに驚かされます。

 僕は最初この映画を見たとき、これは夫婦生活の実体をさらけ出した著作だと思った。オープニングのシークェンスは、その点ではすごく入りやすかったです。トイレで急いで着替える夫婦の姿が、僕にはやたらとリアルに見え、馴染みやすかったのです。また、夫の凡々な一日《女性患者を診察している様子》と、妻の凡々な一日《脇を匂っている様子》をカットバックで見せているのも面白い。このとき二人は別の異性を意識しているのかどうか暗示的です。エロ映画とはいわれていても、この映画に描かれているも事は、色気とは別ものの真面目な話です。

 前半のディナーパーティのシーンもいい。あんなに大勢人がいる場所で、異性に刺激を感じないわけがありません。そこに抱く夫婦間の不安は、つづく寝室のシーンで語られます。ここでの二人の会話はもっとも興味深い。男というものは女を求めるもの。ならば夫は女をもとめたのか? 妻を信じていればストイックになれる。ならば女は男を求めないとでもいうのか? そういう本音か虚偽かの会話がシリアスに展開していきます。

 主人公のドクターは、自分が妻以外の女を抱くことよりも、妻が自分以外の男を抱いているのではないかという妄想に陥る。それがフラッシュバックのようにモノクロームの映像で挿入されますが、妄想の中で、妻が自ら下着を脱いで別の男を受け入れているところに意味があります。その妄想は、時が経つほどエスカレートし、しだいに激しいベッドシーンへと突き進む。それをかき消したいのか、嫉妬がそうさせたのか、娼婦を買うも、妻のことが頭に映り《家でくつろいでいる妻の映像の絶妙のカットバック》、お預け。その後も、患者の娘に電話していたり、娼婦の友人を抱こうとしたりが、やはりポーズをかけます。

屋敷のシーケンス

 旧友の「あんな女みたことない」というミステリアスな一言をきいた主人公は、好奇心からとある屋敷に潜入。そこから映画はどんどん恐ろしい展開に入っていきます。

 屋敷内の映像はキューブリックのカメラワークと場所美が冴え渡り、芸術的風格さえあります。室内装飾、ミュージック、キャメラワーク《キューブリック御得意の移動撮影も健在》、ライティング、演技、カッティング、それぞれに非の打ち所がありません。ステディカムを使ったと思われるロングショットの静かな構図の中に、激しくおぞましい映像が映し出され、クロースアップの仮面の映像からは、中の顔の表情が見て取れます。

 この映画が2時間40分という長尺でありながら、時間の長さを感じさせない所以のひとつは、そういった映画的キャメラワークの刺激であろう。カラーになってからのキューブリック著作は、とくに色遣いが見応えがあったのですが、粒子が粗く、寒い色合いを使った「アイズ・ワイド・シャット」もまた独特で、本当にキューブリックという巨匠を失ったことが悔やまれます。

沈黙で語るトム・クルーズ

 トム・クルーズは実に上手です。彼のキャリアの中では、最高の演技だといっていいですね。息づかいから見事です。この映画のトムは、沈黙だけで心の変化を表現してみせましました。ちょっとしたにやけ顔にも意味があります。

 例えば、妻が性的妄想を抱いたことを話しているときの演技。ドクターはじっと黙っているだけです。しかし頭の中で何かを考えていることがわかる。その後、電話がなりますが、このときのトムの演技に着目。3回目のコールで目が正気に戻る。目から語られる事柄は計り知れないのです。

 トムの演技で、僕が一番気にいっている事は、追跡されているという不安の中、喫茶店に入って新聞の記事を視るところです。セリフは「カプチーノ・プリーズ」だけですが、トムの目線、表情、しぐさ、息づかいが実に上手です。

 帰宅してからの演技も見てもらいたいです。屋敷で恐ろしい体験をした日は、家に入ると、そっとドアにチェーンをかけ、不安な表情を見せます。それに対して、一段落してからは、帰宅してもチェーンをかけず、安心した様子を見せます。この差がまた良いです。

話題性は強かったが理解者を得られず

 日本ではR-18指定で公開されることが決まって、メインアクターの二人のブランド力もありまして、公開前からかなり話題性の強かった著作ですが、キューブリックをろくに知らない観客たちには、この内容はちょっと体質に合わなかったようで、必要以上に駄作扱いされてしまった著作です。アカデミー賞からは完全無視。高く評価した批評家もあまりいなかったような気がします。今では世間一般で「期待外れ」の代名詞みたいな感じに扱われることが多くなって、僕はとてもがっかりです。キューブリックの映画は見れば視るほど面白いのに。しかし「アイズ・ワイド・シャット」は、数年後には今のように不当に評価されることはなくなるですね。本当はとんでもない大傑作なのだから。世間がその良さに気付くのには、まだまだ時間が必要です。

映画『ROOM237』を見た後に……キューブリック監督って誰なの!?